COLLABORATION 02

Isabelle Dupuy Chavanat #1

今の生命の中に未来の生命が
存在するという美しさ

有史以来、変わることなく存在しているような水平線。そこにふいに一筆の線を引いたように渡り鳥たちが束の間の痕跡を残していく。「D.W.M.」の世界観を伝えるこの映像作品をてがけたのは南フランス、アルルを拠点に活動するアーティストのイザベル・デュピュイ・シャバナ。“美術”という美をなす術を手にするアーティストとの美を巡るダイアローグ。

©Isabelle Dupuy Chavanat

L’oiseau

その場所の話はいつも聞いていた。
けれど私は信じていなかった。
船乗りたちは本当だと言っていた。
海に出ると水平線が裂け、湿原に迷い込んで
しまいそうになるのだと。
空と水が溶けあう日もあるのだと。
他の船乗りたちは言っていた。
水に潜ると、横たわる人魚たちが見えたのだと。
誰かが迎えにくるのを座って待っているかのように、
裸体の微動だにしない人魚たちが。
男たちは以前からその美しさに魅了されていた。
ある人魚は反対側の岸に行ったまま決して戻ってこなかった。
ただ鳥だけが、全てを知っていた。

果てしなく続く水平線、行き交う渡り鳥、そしてクラシカルな大理石の裸婦像を8ミリフィルムで撮影したショートムービーを制作なさりました。この作品はどのようにして生まれたのでしょうか?

映像は南フランス、地中海に面した湿原地帯、カマルグで撮影しました。捉えようとしたのは太古から存在する水、果てしなく広がる空、そして昨日、きょう、明日が、つらなる世界であり、時を超えた美の存在です。

カマルグは私が一年の大半を過ごすアルルの近郊にあります。手つかずの自然が古代ローマと現代をつないでいるような土地であり、変わることのない人の営みと自然のDNAを感じさせる場所です。

いにしえから連綿と続くカマルグの風土がある一方で、月日とともに移り変わるものもあります。湿地帯のカマルグで9月というのは、水の中に豊かに生育する微生物の作用によってほかの月と違って一帯が薄紅色に染まる特別な月です。ずっとそのままにしておきたくても、つなぎとめることができない移ろいゆく自然の美を感じるひと時です。日々、カマルグから見渡す水平線を見つめていると、水という存在は、悠久の時と移ろいゆく時間とをつなぐ要素だと感じます。

フィルムではそうした現実の世界の連なりに、不意にクラシカルな大理石の裸婦像が登場するのが印象的です。これはどのような物語なのでしょう?

私のパートナーでもある、写真家のフランソワ・ハラールとともに、18世紀後半に活動したイタリアの彫刻家、アントニオ・カノーヴァのかつてのアトリエを訪れたことがあります。そこでは、微動だにしない冷たい大理石の彫刻が、窓から差し込む光の下で血の通った存在のように神秘的なオーラを放っていて、表現しがたい美を感じました。この美を自分なりに表現したいと思うのに時間はかかりませんでした。

ほどなく、パリのルーヴル美術館に向かい、古代ギリシア・ローマ部門の部屋でカノーヴァが生きていた時代を遥かに遡るギリシア彫刻の肌の表面のディテールをなぞるようにカメラのレンズを向けました。カマルグの風土がもつ一連のリアリティの中にフィクションを差し込むことで、フィクションが時を超えたリアリティを捉えてくれる気がしたのです。

フィクションを追求するうえで、映像の中には人魚と思しき存在も登場させています。こうしたファンタジーの世界を作り出したのはなぜですか?

「D.W.M.」の中にはミネラル、美、永遠というキーワードがあるように感じました。ファンタジーの要素を入れることで、これらのキーワードを現実から切り離し、時間を超えた概念にすることができると思ったのです。

映像の中に、ものが不在です。イザベルさんはドキュメンタリーフィルムを多く手がけていますが、その中では被写体が主人公であり、フィルムを通してその主人公について語るというものです。今回はどのようなアプローチを取ったのでしょう?

ブランドのウェブサイトを見るなど事前にリサーチすることもできたのでしょうが、私はあまり真面目な性分ではないようで、何も見ることなく、自分の直感をもとにカメラを手にしました。

撮影をし、編集をし終わった後で、ブランドのプレスリリースに目を通したのです。すると驚いたことに、海、水、海藻、自然、細胞、時を超えた旅、生命に刻まれた記憶など、私がフィルムを通して捉えようとしたものとほぼ重なっていたのです。ブランドに対する予備知識なく撮ったフィルムとブランドを表現する言葉がここまで似通っているとは、波長が同じなのかもしれませんね。

実際、「D.W.M.」のプロダクトをご覧になっての感想を聞かせてくださりますか?

大地、自然の恩恵、DNA、未来の命、それぞれの命の中に未来の命が存在するという考えがプロダクトの根幹にあるという印象を受けました。一人ひとりの生命の中にまた別の生命が眠っているという考えは美しいですね。ブランドについて語るときに、今の世代のことを考えることも大切ですが、未来の世代のことを考えることも大切であり、その考えがブランドに組み込まれていると感じます。

また、自然というものをプロセスの中心に置くという姿勢に引かれます。美容というと自分との向き合い方と思いがちですが、ブランドが表現しようとしているのは美についてのアクションではなく、政治的なアクションかもしれませんね。

そんなイザベルさんにとって美の本質とは?

美とは複雑な概念です。身体的な美しさもありますが、美とは儚いものかもしれませんし、同時に時を超えるものかもしれません。美とは他者への眼差しかもしれません。美しい景色への眼差し、生命への眼差しでもあるでしょう。あるいは、共有する、分かち合うという行為や姿勢にも美しさがあると思います。自分が思っていることが他人の心にも響くとき、そうした気持ちを分かち合えたとき、心動かされます。

美とは伝播するものなのかもしれませんね

Isabelle Dupuy Chavanat

フランス、アルルを拠点にする写真家、映像作家。インド、ベトナム、韓国を旅し、クラフトの担い手たちを訪ね、その暮らしぶり、所作を撮影するフォトドキュメンタリー作家。エルメスの職人たち、作り手たちを追ったドキュメンタリーシリーズでは、ものを作ることに対して慈しむような職人たちの姿勢を丁寧に取材した。

聞き手、文・長谷川香苗
写真・François Halard